【スタートアップインタビュー】 2023.9.13

人に伝える技術を磨き上げ、事業の原点から照らす未来

株式会社Theta Therapeutics 代表取締役 立原 義宏 氏

柏の葉の新産業創造を牽引するスタートアップ支援「KOIL STARTUP PROGRAM 2023」では、4社のスタートアップを迎え入れ、各社の事業成長をハンズオンで後押ししています。

今回は、男女ともに相対生存率が低く、アンメット・メディカル・ニーズが高い難治性膵臓がんへの抗がん剤の開発に挑む「株式会社Theta Therapeutics 」代表取締役の立原義宏氏に、TEPビジネスプラン作成セミナー(以下「セミナー」)の感想や1か月間メンタリングを受けての印象、その後のプログラム期間の意気込みを伺いました。

※ アンメット・メディカル・ニーズ:いまだ有効な治療薬が見つかっていない治療領域や疾患に対する医療ニーズのこと。

専門性の高い事業だからこそ「想いを語る力」が重要だった

―― セミナーを受ける前は、事業の構想にどのような課題があると感じていましたか?

「自分がしようとしている事業を人に伝えること」に大きな課題を感じていました。事業で扱う専門性が高いが故に、どうしても聞き手に「心のバリア」を張られてしまうことがあり、なんとかそれを突破したかったんです。

何度も説明してようやく理解してもらうのではなく、一度のプレゼンテーションで研究内容を明確に伝え、「この事業には将来性がある」と感じてもらうにはどうすれば良いのか。そういったプレゼン術、ロジック、コミュニケーション面を学びたいと思っていました。

また、「なぜこの事業に取り組むのか」という問いに対して、内発的動機づけとなる自分なりの答え納得できる答えをまだ見つけられていないとも感じていました。ぼんやりとしたイメージはありつつも、言語化できていない部分がありました。

―― セミナーに参加するまでは、その課題にどう対処されていたのでしょうか。

コミュニケーションの面では、ヒューマンドラマをいくつも観ました。理由は自分が申請書や事業計画を書くときに、どうしても機械的で感情の無い文章になってしまい、自分の文章を見る人、発表を見る人に対して心動かす文章や資料を書きたかったからです。以前は研究室で実験ばかりの日々でしたが、研究や事業準備において他者と関わるとき、うまく情報伝達や連携ができなかったり、誤解が生じることが多々あり、それから人と接するときの振る舞いや言葉選びの大切さを改めて実感するようになったんです。そこで、理想的なコミュニケーションのパターンを学ぼうと、ヒューマンドラマを繰り返し観る日々でした。

ほか、事業を相手に伝える方法を学ぶために、YouTubeでピッチの動画を見たり、気になる企業のWebサイトを見たりもしていました。

しかし、このように自分一人で対策するだけではどうしても独りよがりで独善的になってしまいがちです。そこでKSPのプログラムやメンターとの壁打ちを通して、新しい突破口を見出だせたらと思っていました。

―― ここまでのプログラムを通して、課題解決の糸口は見えてきましたか?

自分の事業計画やピッチデックには「人間味」が足りなかったと気づきました。自分はもともとエモーショナルな表現が苦手で、事実ベースで話すのが良いことだという思い込みがありました。しかし、ただ事実を並べるだけだと「あ、そうなんだ」で話が終わってしまいます。専門的な研究の話を聞いてもらうためにも、「自分にはこういう想いがあり、こういう世の中にしたい」という血が通った言葉を届けることが大切だとわかりました。

実は以前、友人に「すごいことをやっているのに、淡々と進めている感じがしてもったいない。もっと感情を込めて事業に向き合ってほしい」と指摘されたことがあったんです。今回のメンター陣の講義で、その言葉がようやく腑に落ちました。

―― セミナー期間の中で一番印象的だったことを教えてください。

あるメンターの講義を通して「ビジネスモデルキャンバス」を活用できるようになったことです。以前から考え方そのものは知っていたのですが、自分では活かしきれていませんでした。講義を受けながらフレームを埋めていくことで、事業の課題やアプローチの可能性を見出すことができ、非常に有益でした。

講義の中で手を動かしていくと、資料作成前の情報整理が不足していたことにも気づけました。これまで資料を作成するとなったら一目散にスライド作成に取り掛かっていましたが、それでは「木を見て森を見ず」の状態だと今なら理解できます。

メンタリングではまず20行ほどのテキストで全体のロジックを通し、そこに中身を詰めていきました。同じ班のメンターが「中身を詰めるには右ストレートとジャブだぞ。右ストレート、ジャブから右ストレートでもいい」とおっしゃって、最初は何を言っているのかわからなかったんですが(笑)その後、スライド内で「タイトル→説明(→結論)」という流れをつくる話だとわかると、非常に納得しました。スライド内で起承転結のストーリーが成立していると、見る人はすっきりと理解できるのだなとわかりました。

メンターとの対話で見つけた「原点」とこれからの展望

―― 1か月間どのようなメンタリングを受けてきましたか?

まずはメンターと参加者全員に伝わる簡易的ピッチデック作成の完了を目指しました。家づくりにたとえるなら、木の骨組みをつくる部分です。次に、どういう家をつくりたいか、具体的な中身を詰めていく作業に移りました。3人のメンターと、ほかのスタートアップの方とともにQ&A方式で内容をブラッシュアップし、ロジックに肉付けしていきました。

メンタリングを受ける前は「情報の解像度を高くすればみんなに伝わる」と思っていましたが、それだと専門家以外の聞き手が置いて行かれてしまうことに気づきました。しかし、難しい部分をかみくだきすぎると、今度は専門家向けに十分な情報が伝わらなくなってしまい、玄人と素人とのギャップによる情報理解のトレードオフがあると理解できました。「全員が納得するもの」を作るのではなく、TPOに応じた個々の伝えたい相手に応じてコミュニケーションの取り方を変え、適切な距離感で情報を提示することが大切なのだとわかりました。

―― メンターの方々の印象はいかがですか?

どのメンターも熱いアドバイスをくださる方々で、ラディカルな視点からコメントをいただけることも多々あり、刺激的でした。

メンタリング中、「事業を通して誰にどんな貢献ができるのか? 貢献の先にどのような未来を描けるか?」といった話題から発展し、「その未来に立原自身はどのように関わりたいのか?」という人生相談に近い内容にも話が及びました。事業の中身だけでなく、こういった内容も真面目に相談できるのは嬉しいことです。

また、メンター陣のチームワークも印象的でした。あるメンターがダイレクトに現状への指摘をくださり、別のメンターがそれをフォローして次の道を示してくださる……というふうに、常に絶妙なバランスが成立していて、「いいサッカーをしてるな」と。

自分自身、人に頼むよりも自分がやったほうが早いと考えがちだったのですが、メンターの方々のやりとりを目の当たりにして、チームでひとつの物事に取り組むことの大切さも学びました。自分の強みと弱みをきちんと把握して、苦手なことは誰かに任せることも重要だと改めて感じました。

―― ここまでのプログラムで、どのようなことに一番の学びや成長を実感しましたか?

医薬だけでなく多彩な分野の方々が集まる環境の中で、抱えていた課題を細分化でき、ぼんやりとしていた部分の解像度を上げることができました。

セミナー期間中、母から聞いたのですが、私の祖父は、私が生まれる前に糖尿病による心不全で亡くなったそうです。「世の中の研究や医療技術が向上したら、ある薬が祖父を救い、自分が会えたかもしれない…」と、ふと思うことがありました。そういう個人的な経験をメンターの方々と話し、普遍的な倫理観での話ではなく、一個人として「人を救うことの意義って何だろう」「なんで人は誰かが死んだら悲しむんだろう」と語り合った日がありました。

そのとき、高専生〜大学生時代の気持ちを思い出したんです。当時の自分は、「不器用な自分なりに難しいことにチャレンジして、壁を超えてみたい」と思っていました。今の研究に取り組み始めたのも、そういった想いがきっかけです。膵臓がんは早期発見が難しく、薬による治療の障壁も大きい疾患で、研究者、製薬会社、医療関係者からも敬遠されがちです。そんな困難な問題を、自分の研究を通してクリアできたら面白いだろうと考えました。

この「原点」は事業に取り組む理由としては不適切だと思い込んで、今までずっと自分の中にしまいこんでいたものです。それを今回発表できたことは、自分にとって大きな一歩だったと感じています。そこから「なぜ膵臓がんは難しいの?」と問いが進み、膵臓がんが難治性疾患と言われる理由を、社会的背景・研究的背景・自分の一個人の好奇心の多方面から見ることもできました。

―― 今後約4か月間のプログラムを通して、どのような姿になっていたいですか?

先日ちょうどプログラム中に研究上の新展開があり、新しい薬剤を中心としたビジネスの計画に着手したところです。プログラムを通してその事業モデルをかっちり構築し、12月にはプレシード・シードにたどり着きたいと考えています。

それと同時に、実験を着実に継続して研究実績を残し、資金調達へとつなげていきたいです。この4か月間が勝負だと思っています。皆様にご協力いただけるこの環境で、自分自身いっそう努力し、KSP初の創薬ベンチャーとして動き出したいですね。


PROFILE

株式会社Theta Therapeutics
代表取締役 立原 義宏 氏

茨城工業高等専門学校、豊橋技術科学大学を経て、東京大学大学院にて医工学を専攻し、「環」に着目した独自の製剤化技術による抗がん剤の開発を遂行してきた。2022年11月に株式会社Theta Therapeuticsを設立し、国内研究機関で概念実証に向けた研究開発を行いながら、事業の準備を進めている。

※株式会社Theta Therapeuticsはその後、事業のピボットを行いました。


KOIL STARTUP PROGRAMについて

「KOIL STARTUP PROGRAM」は、柏の葉スマートシティにあるイノベーション拠点KOILにおいて、2022年より始動したスタートアップ支援プログラムです。 新産業創造を牽引するスタートアップの成長支援を目的に、KOILの無料利用、ビジネスプラン作成セミナーや個別メンタリングをパッケージ化したプログラムを用意しています。本プログラムを立ち上げることで、柏の葉スマートシティにおけるスタートアップの集積と事業成長、さらにはスタートアップ・コミュニティの醸成を促進し、柏の葉スマートシティにおける新産業創造をより一層加速していきます。


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