【鼎談】 2023.9.21

柏の葉の街づくりと共にある、KOIL STARTUP PROGRAMの支援プログラム

柏の葉の新産業創造を牽引するスタートアップの支援を目的で、昨年立ち上げられた「KOIL STARTUP PROGRAM(KSP)」。主催する三井不動産と企画運営を行う一般社団法人TXアントレプレナーパートナーズ(TEP)に加え、今年は今年度よりスタートアップ支援を本格化している柏市が共催として参画することで、更に内容を充実させスタートしました。

今回は、KSPの立ち上げ時から関わってきた三井不動産の佐々木悠祐氏とTEPの後藤良子氏、さらに柏市役所の北村崇史氏を交えて、KSPが立ち上げられた背景や魅力、今後の展望について伺いました。

鼎談参加者(写真右から)
・三井不動産株式会社柏の葉街づくり推進部 佐々木悠祐 氏
・一般社団法人TXアントレプレナーパートナーズ(TEP) 理事 後藤良子 氏
・柏市役所 経済産業部 商工振興課 課長 北村崇史 氏



三井不動産株式会社柏の葉街づくり推進部 佐々木悠祐 氏

―― なぜKOIL STARTUP PROGRAMは始まったのか、経緯や目的を教えてください。

三井不動産株式会社柏の葉街づくり推進部 佐々木悠祐 氏(以下「佐々木」):
もともと柏の葉の街づくりは、社会課題の解決を重視して進められてきました。それを具現化するために、「環境共生」「健康長寿」「新産業創造」という3つのテーマがあります。そのうちの「新産業創造」を目指し、私たちは2014年にオープンイノベーションラボ「KOIL」を開設しました。

実はその後、運営団体の変更や所管部署の変更などで方針が色々と変わったことによりスタートアップ支援の具体的な取り組みがなかなか進まない時期もあったんです。しかし2020年に、再び柏の葉街づくり推進部がKOILを管轄するようになりました。これをきっかけに、新産業創造に向けたKOILの活用をもう一度熱心に考えていくこととなりました。

柏の葉の街づくりを進める部署として、どのようにスタートアップ支援を進めるべきかを考えたとき、まずは「名乗りを上げる」といいますか、柏の葉がスタートアップ支援の場であることを明確に打ち出していくべきだろう、という話になりました。その具体策として、独自の支援プログラムを創出することにしました。こうして始まったのが、KOIL STARTUP PROGRAM(KSP)です。

KSPから生まれたスタートアップが柏の葉の街を最大限に使いこなし、実証実験を通して製品をブラッシュアップし、組織に合ったオフィスを活用しながら事業を拡大していく。そういったサイクルが生まれることを私たちは願っています。そして最終的に、上場するような企業が1社でも出てくれたら嬉しいですね。

―― KSPの企画運営をTEPが担うことになった背景は何でしょうか?

佐々木:
TEPさんとは、2014年のKOIL開設時から共になにか取り組めないかと試行錯誤してきたのですが、当時は明確な形での協働は実現しませんでした。私たち自身、理想的な共同支援のあり方について、まだ十分に理解できていなかったんです。

しかしその後、TEPが技術系スタートアップへの支援やビジネスプラン作成セミナー、その他のメンタリングなどを通じて、多くの実績とノウハウを蓄積されているとわかってきました。このようなTEPの知見をプログラムに取り入れることで、より良い支援を提供できると同時に、「柏の葉」としてスタートアップを支援している状態をつくりだせるのではないかと考えました。

一般社団法人TXアントレプレナーパートナーズ(TEP) 理事 後藤良子 氏(以下「後藤」):
2014年のKOIL開設当初、TEPでは「この曜日はこのメンターが常駐しています」といったメンター駐在の仕組みを実施していましたが、十分な情報発信ができていなかったこともあり、効果的に活用される機会は限られていました。そもそも当時はKOILがオープンしたばかりで、会員も徐々に増えて行っている段階であり、スタートアップが集まる基盤がまだ形成されていなかったという背景もあります。

一方、TEPのビジネスプラン作成セミナーは、KOILの開設前から柏の葉の別の場所で実施していたものです。セミナー自体は今年で12回目となります。情報発信力の不足で集客に苦労してきた面もあるのですが、「非常に満足感が高い」という参加者の声と、メンター陣の献身的な尽力に支えられ、ここまで続けることができました。

セミナーの開催場所をKOILに移して以降も、「せっかくKOILで開催するのだから、三井不動産さんとしっかりと連携して、柏の葉にスタートアップが集まる仕組みをつくっていきたい」という想いがありました。そこで佐々木さんと議論を重ね、今の座組でKSPのプログラムが形成されていったという流れです。

―― ビジネスプラン作成セミナーだけではなく、TEPはTX沿線で様々な支援活動を推進していますね。

後藤:
2022年のKSPの立ち上げ以前からTX沿線で取り組んできた活動としては、筑波大学のアクセラレーションプログラム「EDGE-NEXT」や「つばさ事業」の企画・運営、メンタリング等があります。また茨城県の事業で、スタートアップを含む中小企業向けに同様のビジネスプラン構築研修を行い、その後メンタリングを行う事業も運営しています。

さらに、つくばに集積する産総研(国立研究開発法人産業技術総合研究所)やNIMS(国立研究開発法人物質・材料研究機構)といった国立研究機関発のスタートアップへの個別サポートも行っています。

―― 今年のKSPでは、柏市が共催として参画されたことが大きなニュースです。柏市は今年から「つどう(企業集積)・つながる(交流機会)・つくりだす(イノベーション)」というコンセプトのもとスタートアップ支援を本格的に開始したところですが、この本格化に至った理由を教えていただけますか?

柏市役所 経済産業部 商工振興課 課長 北村崇史 氏(以下「北村」):
もともと柏の葉エリアというのは、東京大学・千葉大学・産総研・国立がん研究センター東病院など、国内でもトップレベルの研究機関が数多くあるという非常に恵まれた立地にあります。この立地特性を生かした産業支援ということで、特に東京大学や千葉大学では近年、研究開発型スタートアップの育成に力を入れているという背景があります。

また、もともと国・県のインキュベーション施設として、東大柏ベンチャープラザや東葛テクノプラザといった施設も柏の葉に存在します。これらの施設を活かし、現在の社会的な動向も踏まえて、これからの柏市の産業政策の一つの柱としてスタートアップ支援を展開していくことが適切だと判断し、今年度から本格的に取り組むことになりました。

今年度から本格化させた理由の一つとして、コロナ後の産業構造の変化を見据え、どのような産業支援を中心に置くべきかという視点があります。これまで柏を牽引してきた製造業等が多く集まる工業団地は、昭和40年代から50年代にかけて造成されたものが多く、今、転換期を迎えています。そういった従来の製造業や、近年このエリアで人気の物流やデータセンターのような産業施設の集積だけでなく、人のつながりをしっかりと見据えていくべきだと考えました。多様な人々が集い、常に新しいものを創造し続けていく、そういう街をつくるために、スタートアップ支援の取り組みが重要であると結論付けたのです。

アメリカのシリコンバレーやボストンのようにスタートアップが集まる街では、研究者や社員同士がいつも様々な形で交流を持ち、その交流によって新しいアイディアが生まれ、スタートアップ同士が連携して一つの大きなビジネスを創造するという流れがあります。

「柏に来れば何か新しいことができるかもしれない」「この場所に来ればスタートアップとつながれるかもしれない」。柏市がそういった期待感を持てる場所になり、スタートアップの方々が集まることを期待しています。そして集まったスタートアップの方々が、先ほど佐々木さんからお話があった通り、柏の葉で社会実装に向けた様々な取り組みを行い、成長していってくれたらと思っています。

スタートアップの師匠的存在と出会い、リアルなビジネスの根幹を学ぶ

―― 数あるスタートアップ支援プロジェクトの中で、KSPに共催されたのはなぜですか?

北村:
一般的なビジネスコンテスト等は「コンテストに通過したら、あるいはそのコンテストの中で最も優秀な賞を勝ち取ったらおしまい」であるところ、KSPでは「審査の通過がスタート」となります。共催にあたり、この特徴に注目しました。

KSPでは、審査を通過したビジネスプランをメンターの方々と一緒に磨き上げ、より実効性高いビジネスにして、それをしっかり実現していく道筋ができています。その過程で、KOILのような拠点の支援やTEPのメンター陣による手厚いサポートが提供されます。そうして築き上げられたビジネスプランの実現に向けて柏市が協力できると考え、今回共催として参加させていただきました。

―― KSPの特長を語っていただきましたが、昨年の第1期を経験して、佐々木さんが改めて感じるKSPの魅力を教えてください。

佐々木:
昨年は第1期ということでまだ全てが新しく、何がスタートアップの方に刺さるのか、つかみきれていない部分もありました。プログラムで提供する「伴走支援」のうち、具体的にどんなアクションがどういうかたちで効果をもたらすのか、僕の中では正直ピンときていなくて。

昨年1年の経験を通じて、TEPという組織独自の視点がとても有効だったと感じています。具体的には「お金を出す側」の視点ですね。エンジェル投資家などスタートアップに投資する立場の人間は、どのようなビジネスであれば資金を出すのか、どのような視点で事業を見るのか。メンターからはそういった視点でのアドバイスが非常に多く提供されていました。プログラムが終了した12月の打ち上げの場でも、資金調達をどのように進めるべきかという話題で盛り上がったんです。

やはり事業を進める上で「お金」は重要な要素です。メンタリングを通じてそういった生々しい部分にアドバイスをもらえたのは、スタートアップの方にとって収穫だったのではないでしょうか。ビジネスのフレームワークを学びプランを作って終わるのではなく、そこから「あなたが考えたそのビジネスプランに対して、出資者は本当にお金を出してくれると思う?」という部分まで深く議論できる。そこがKSPの大きな魅力であると思いますし、おそらくTEPならではの価値提供であると感じています。

―― 昨年参加されたスタートアップの皆さんやメンターの方々へのインタビューでも、「実際生活していけるの?」といった深い話が展開されていました。丁寧で、しっかり現実を見据えたメンタリングが行われていたことを感じました。

佐々木:
お金について真剣に考える機会は意外と少ないものです。もちろん、資金調達に携わる人は真剣に考えています。しかし、例えば大きな企業で資金調達に携わらない社員の場合、そこを自分ごととして考える人は少なく、何となくお金を使って何かができるだろうという程度の認識で、自分自身が「お金を食う」存在であることをあまり自覚していないようです。

今回、KSPにご参加頂いた皆さんはスタートアップの代表者ばかりであり、経営者なのでそのようなことはありませんでしたが、それでもメンターからリアルな視点でアドバイスを受け、見通せない先々のお金の問題についても考える機会を提供してもらえるのは、スタートアップにとって、やはり良い環境だと思います。キャッシュを使うところと使わないところを見極めて、強弱を付けて会社を回していくことの重要性が、このプログラムを通して少なくとも一部は伝わっていると私は感じています。



一般社団法人TXアントレプレナーパートナーズ 理事 後藤良子 氏

後藤:
今のお話の裏側には、メンターがお金の話に深く突っ込む理由があります。メンターは「スタートアップが想定している事業が本当に持続可能なのか」「本当にその人がやりたい形なのか、幸せになれる形なのか」という部分を重視します。事業を始めることやその事業をどう育てたいのかは人生を左右する大きな決断なので、その人の人生観が当然関わってくるんです。そのときに、メンターはスタートアップがどこを目指しているのかをまずメンタリングの最初に問います。それが結果的に、お金を誰からどう調達していくべきか、の話に広がっていくのだと思います。

大きくJカーブを描きIPOやM&Aを目指したいスタートアップもいるでしょうし、研究者を続けながら会社経営も行い、自分の満足する小さな事業を続けたい方もいると思います。そして、その合間で揺れていて、まだどちらを選ぶべきか決めかねている方も実はたくさんいらっしゃいます。

メンタリングの中で、そういった目標設定の解像度を上げ、ゴールを明確にします。これまでのセミナー参加者の中にも、「家族がいて小さな子どももいるけれど、家族にも了解を得て自分はこの事業に挑戦してみたい」と明確に示す方もいれば、「事業の規模感としては〇億円まででいい」という方もいらっしゃいます。それによって、メンター側もメンタリングの内容を変えていきます。目指すゴールの違いによって資金調達の仕方も変わり、事業の作り方や、ビジネスモデル自体も変わることがあるからです。

さらに、メンター陣が非常に多様であることもKSPの一つの強みです。これはTEPの組織の特徴でもあります。コンサルティング会社などとは違い、一人ひとりがご自身の事業を持つ方の集まりなので、弁護士、会計士、VC、コンサルタントなどバラエティに富んだメンバーが多角的な目線でメンタリングを提供します。ときには「このメンターが言ったこととあのメンターが言ったことが違う」という状況もありますが、実はそれこそが社会の縮図です。みんなが違うことを言う中で、そのうちの誰かが資金を提供してくれたり、事業パートナーになってくれたりするわけですから、多様な壁打ち相手がいることが、より強靭なビジネスプランの策定につながっているのではないかと思います。

―― 昨年印象的だったのは、メンターとスタートアップの方の距離が非常に近く、親密な絆が形成されていることでした。ある参加者からは「これまで参加した類似のプログラムでは、通常一人のメンターが複数のメンティーを指導する形で、たいていドライな関係で終わってしまうが、KSPではとても濃い関係が築けた」という話も耳にしました。

佐々木:
メンターがスタートアップの取り組みを自分ごとのように捉え、近い距離で様々な話をしてくれるというのもKSPの魅力の一つですね。セミナー初日は柏の葉に宿泊になるので、一緒にお風呂に浸かりながら、のぼせるまで熱く語り合うこともあります。こういった関わりはとても大切なことだと思います。

後藤:
正直に言えば、最初はメンターとのコミュニケーション密度の高さに戸惑う方もいるかもしれません(笑)

ごく一般的なアクセラレータープログラムでは、メンタリングを受ける時間があらかじめ決められていたりする場合が多いですが、TEPのメンタリングは、TEP自体がボランティア的に始まった活動だったこともあり、スタートアップのビジネス自体に興味があるメンターしかいません。

TEPは、メンターからも会費を徴収し、かつメンタリングも基本はボランティアベースで行ってもらいます。外部から見るとわけがわからない仕組みだと思いますが(笑)、これによりメンターの「社会を変えていくスタートアップを応援して、日本を変えていきたい」という本気度が担保されていることも事実です。これはTEP設立時から続けてきた仕組みなので、ある意味、厳選されたユニークな人しかTEPにはいません。だからこそ、スタートアップとの良い意味でのウェットな関係を築けるのだと思います。

そしてこの関係は、プログラムが終了したあとも続く場合が多いです。当然、メンターは報酬を得られない期間になり、対応自体もメンター個々人の判断任せになりますが、相談があれば時間を取って話してくれることが多いと思います。

佐々木:
昨年の様子を見ていて、スタートアップの方にとっては、「これからずっと会社をドライブしていく中で、何でも相談できるスタートアップの師匠が一人できる」という感覚なのかなと思いました。今後もそういう存在はたくさん現れるのでしょうが、「いつも立ち返る人」が一人できるんです。「この人にはこんなことを言われたのですが、〇〇さんはどう思いますか?」と、ふと相談できる人がいたら、それは強いですよね。これも、KSPの魅力の一つだと思います。

―― 柏市の視点からは、こうした支援内容はどのように見えているのでしょうか。

北村:
KOILやTEPのサポートのあり方についていいなと思うのは、やはり私たち柏市のキャッチフレーズにもある「つどう」と「つながる」を非常に重視しているところです。「ひと・こと・もの」という三つのキーワードの中で、特に「ひと」を大切にしているのを強く感じます。

KOILの入居者の方々は、本当に様々なつながりを通してそれぞれ成長し、互いにビジネスで補完し合っています。このような部分は、私たちがスタートアップ支援で目指しているゴールの一つ、理想の姿の一つだと思いますので、一緒に動いていくパートナーとしては非常に心強いと感じています。

今回第2期KSPに参加される方々が今後取り組みたい内容を見ると、非常にバラエティに富んでいますし、その一つひとつを実践できれば、柏市の課題、ひいては日本の課題を解決するきっかけになるのではないか、課題解決がそのままビジネスになるのではないかと感じ、非常に期待していますし、わくわくしています。皆様のビジネスプランがどんどんブラッシュアップされていくのが楽しみでしょうがないですね。

そしてもちろん、ブラッシュアップされたそのビジネスプランを実現する場が柏市内であれば、それは柏市の地域経済活性化にもつながります。そのため、市としてもしっかりと、さらなる後押しができるように考えていきたいと思います。

佐々木:
私たちは不動産会社ですが、ハードをつくって終わるのではなく、ソフト面からのサポートも提供したいと思っています。そのときに大事だと思っているのが、利用者の選択肢を増やすことです。今回は柏市さんに参画していただくことで、補助金などの選択肢を増やすことができました。

このプログラムをスタート地点として、補助金などを利用し、実証実験を重ねつつ事業をブラッシュアップできる。このような体制は、ほかの場所ではあまり見つけられないのではないでしょうか。KSPは、シードやアーリーのフェーズにある企業にとって非常に有益なプログラムだと思っています。

―― 現在、柏市で具体的に検討されている支援があれば、教えてください。

北村:
KSP第2期を通過された方に対する支援ということで今のところ考えているのは、集中的な支援です。先ほど申し上げたとおり、第三者による審査を通過したビジネスプランがさらにメンターによってブラッシュアップされ、いよいよそれを柏市内で実現しようという初めの一歩を踏み出すときに、まとまった支援をしたいと思っています。

現在、市内事業者に対しては「チャレンジ支援補助金」というかたちで上限50万円の事業者支援を行っているのですが※、今回のKSPでブラッシュアップされたビジネスプランを柏市内で実現する際には、モデルケースとしてその10倍以上は交付できるような仕組み作りができるといいなと考えています。(※取材時)

今後財政当局との調整もあるので、それがどこまで実現できるかまだはっきりとお約束できないのですが、やはりある程度しっかりと、インパクトのある支援を市として提供できればと思っています。

必然と偶然がぶつかり合い進化する、スタートアップがわくわくする街へ

―― 先ほど、スタートアップが「つどう」ことによる交流の増加と市全体の活性化についてお話がありました。スタートアップが集まることで実現する街づくりについて、三井不動産としてはどのようなイメージを描いていますか?

佐々木:
「つどう」「連携する」というフレーズからは「スタートアップ同士」や「課題を解決したい人同士」のつながりを連想しがちですが、別にそれだけじゃないよね、と私は思っているんです。例えば大企業がそこに参画し、商品開発をするだけではなく、新しいアプローチを共に考えるパートナーになっても良いんです。

「課題を持つ人々の連携」や「課題を解決する人々の関わり」だけではなく、「よくわからないけど、こんなことできたら面白いよね」というふわっとしたつながりから新しい何かが生まれていく。それが、この街の理想的な姿だと思います。

同じ課題にアプローチするとしても、解決手法のバリエーションは様々です。一人ひとりが「俺に合うのはこれだな」「私にはこっちが合うわ」と思うものを選び、各々がそれをうまく活用する中で、掛け算式に新しいサービスやビジネスが生まれる状態こそ、私たちが街づくりにおいてイメージする共創です。

「スタートアップの問題は彼ら自身の問題だから、私には関係ない」と考える人もいるでしょう。しかし、スタートアップはたまたま「スタートアップ」という冠を被り、その中で課題にアプローチしているだけです。

スタートアップが取り組む課題に対して、「自分だったらこうやって解決するだろうな」と独自のアイディアを持っている人は、意外とたくさんいるのではないかと思っています。そこで「でも関係ないスタートアップの話だし、これ以上関わらなくていいや」と考えるのではなく、自分の持つアイディアを共有し、そこから何か面白いものを作っていこうとする、そんな動きが生まれてほしいんです。

そのムーブメントを街全体でいかに共有し、一つのものを生み出していけるかを、考えていきたいと思っています。柏の葉の街が、フランクなブレインストーミングの場、アイディアをぶつけ合って形にしていく場になれば、エリアとしてさらに面白くなるでしょう。

イノベーションは、営業資料を持って「一緒にやりましょう」と提案して生まれるものではないと考えています。例えば、かけだし横丁で飲みながら「こんなことやれたら面白いよね」と話していたら、偶然隣に座っていた人が同じことに取り組んでいる人だったり、そういうのが理想的だと思うんです。

そのような状態、そのような結果が自然と得られるような街にしていくことが、私たち三井不動産として目指すべき方向だと考えています。

―― つまり、大企業であるかスタートアップであるかといった立場にこだわるのではなく、共通の課題に対して多様な解決策が自然に生まれる状態が理想であり、スタートアップの数が増えることでそのプロセスが活性化するということですね?

佐々木:
その通りです。そして、その解決策を提案する側は、それを無責任に提案することが大切だと思います。その無責任な提案を「面白いな」と思った人は、どんどん真似する。そういった動きが連鎖する中で、新しいものが生まれるといいなと思います。「気軽にイノベーションが起きる」というのをもっとブレイクダウンして生々しい言葉にすると、そういうことなのかなと。

以下は私の個人的な考えですが、日本は戦後の何もない時代、まずはとにかく海外のものを真似して、とりあえず自分たちのもとで製品をつくれる体制を整えました。その「真似」の先に、付加価値をつけるための差別化があり、その結果オリジナリティが生まれました。これは正しい進化のプロセスだと思っています。

ここ柏の葉でも、そういった進化が起きてほしいと思っています。アイディアを得て、それを自分なりに処理して具現化する。たとえ真似から生まれたものであっても、「これは私のオリジナルだ」と主張できるような新しいものを創り出す。そういったプロセスがもっと簡単に進むような場になってほしいですね。

―― TEPの視点からはいかがですか。

後藤:
TEPはもともと柏の葉の街づくりのコンセプトの中から生まれた組織ですが、柏の葉に閉じることなく、つくばエクスプレス(TX)沿線全体のポテンシャルを活かして、スタートアップが次々と生まれる環境を目指して活動しています。

コロナ禍を経て、オンラインでのコミュニケーションは大幅に増えましたが、スタートアップにとってはやはりリアルな情報が大きな価値を持っています。オンラインでは省かれてしまう情報や、コミュニケーションの中で生まれるアイディアなどは、やはりどこか物理的な場所にあることが多いと思います。

そういった情報や人がどこか1か所に集積していれば、スタートアップにとってお金と同様に価値の高い「時間」を短縮することができ、より効率的に重要な人と出会え、情報を得られたり、刺激を受けられたりします。そういう場所が実現したら、実はオンラインよりも効率性が高いと思いますし、そういう場所には、事業を効率的に進め急成長を目指すスタートアップが集まるはずです。柏の葉やTX沿線エリアをそういった場所に育てていくことがキーになると思っています。

例えば、かけだし横丁でスタートアップの方が飲んでいて、隣にVCの方がいて、そこで商談が成立するなんてシリコンバレーのようなことが起これば、それ以上に効率的なことはありませんよね。横丁ではたまに、こっちで東大の先生が飲んでいて、あっちではがんセンターの先生が飲んでいて……ということが既にありますが、それがスタートアップ界隈のコミュニティでも起こるような環境になれば、昨年のKSPの最後の打ち上げパーティーのような生々しいお金の話も日常的に飛び交う状況が生まれる。それが理想的ではないかと思います。



柏市役所 経済産業部 商工振興課 課長 北村崇史 氏

―― 柏市としての今後の展望をお聞かせください。

北村:
スタートアップ支援は、行政の中でも注目度の高い政策です。都道府県や政令市では、一般社団法人を設立し、独自のインキュベーション施設を開設して、そこを拠点にスタートアップ支援を展開するといったかたちで、行政単独で大々的な支援を行うケースが多くみられます。

柏市には、そういった都道府県や政令市に太刀打ちできるだけの体制や財政力はありません。同じことを同じようにやろうとしても、他市には勝てないのです。したがって、柏ならではの強みや魅力を活かすことが重要になります。それはKOILやTEPさん、三井不動産さん、そして様々な研究機関、学術機関、インキュベーション施設の集積です。こういった独自の強みを活用し、チームを組んでスタートアップ支援を進めることができれば、行政単独で大規模な投資をしている市町村にも、魅力では決して劣ることはないと考えています。

佐々木さんも言及されていましたが、必然と必然のつながりだけでは、スタートアップとしてぐっと急成長するのは難しいでしょう。行政主体のスタートアップ支援では、どうしても安定的な目に見えるゴールを求めて、必然と必然を掛け合わせようとする面が多くなります。しかし、そこで多様な支援を提供することで、必然と偶然が両方生まれ出す街になると、予定調和から抜け出した面白いアイディアがぽっと生まれやすくなると思うんです。予想もつかなかった人々の連携によって新しいものが生まれる、そんなわくわく感と期待感を、街全体でつくり出していけるんじゃないかと。

スタートアップ支援というとビジネス支援に偏りがちですが、柏の葉の良いところは、日々の暮らしとビジネスの距離が非常に近いところだと思います。住んでいて楽しく、ここで暮らしていて良かったと思える環境に加えて、ビジネスでもしっかりと成長していける余地がある。そういう独自の魅力が、柏の葉の街づくり全体を推進する大切な要素になると考えています。しかし、行政だけでそれを実現するには限界があります。そこで三井不動産さんやTEPさんと連携し、様々な角度から支援やPRを行うことで、この展望を実現していけたらと期待しています。

PROFILE


三井不動産株式会社柏の葉街づくり推進部 佐々木悠祐 氏

大手IT企業に新卒で入社後、2018年に車の自動運転ベンチャー企業に入社し新規事業開拓に従事。その後、2020年に三井不動産に入社し、柏の葉街づくりを通してベンチャー企業の事業支援や車の自動運転のPJ、街のエネルギーエコシステムの構築などを推進。柏の葉スマートシティの新産業創造拠点である「KOIL(柏の葉オープンイノベーションラボ)」で、スタートアップ向けの「KOIL STARTUP PROGRAM」を立ち上げる。


一般社団法人TXアントレプレナーパートナーズ 理事 後藤良子 氏

筑波大学大学院修士課程修了。UC Berkeley, Haas School of Business, Lester Center for Entrepreneurshipにて2011 Global Entrepreneurship Leadership Program修了。2006年に柏の葉アーバンデザインセンター(UDCK)立ち上げに参画、以降現在までディレクターとして主に新産業創出関連のプロジェクトに関与。
2009年にTXアントレプレナーパートナーズ設立に参画、以降事務局長として運営に携わり、現在は理事。2011年に株式会社URBANWORKSを設立、代表取締役に就任。2022年より、ものづくりにおける技術継承AIのスタートアップ、株式会社LIGHTz監査役。柏市産業振興会議委員。


柏市役所 経済産業部 商工振興課 課長 北村崇史 氏

柏市ふるさと納税(返礼品)事業立ち上げ、アグリビジネス担当、スマートシティ等の担当を経て、令和元年9月より現職。スタートアップ支援パッケージ創設をはじめとする市内事業者の支援を実施し、柏市の商工業振興に取り組む。


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